年末に喪中はがきが届くと、その方に何と声をかければよいのか迷います。「良いお年を」は口にしてよいのか、年始に顔を合わせたら黙っているべきなのか。うっかり「明けましておめでとう」と言ってしまい、後から青くなる方もいます。
先に結論を書きます。喪中の方への接し方について、周りの人がしてはいけないことを定めた資料は見当たりません。祝いの言葉を控えるという慣習は喪中の側の作法として語られてきたもので、周囲の人に行動を求める規則として示されたものではないところ。
咎める主体がいない以上、言ってしまった一言を悔やむ必要もありません。「良いお年を」の扱い、祝いの言葉を口にしてしまった場合、年賀状の行き違い、そして実際にどう声をかけるかを順に見ていきます。自分が喪中のときの挨拶は別の記事に譲り、ここでは相手が喪中の場合だけを扱います。
喪中の人への接し方の判断
相手が喪中だと分かったとき、まず探すのは何をしてはいけないかでしょう。ここでは、禁じられていることが実際にあるのか、その作法がどこから来たものなのかを確かめます。
かけてはいけない言葉は決まっていない
喪中の方にかけてはいけない言葉は、どこにも決まっていません。宗教機関の公式ページを当たっても、周りの人の言葉づかいを制限した記述は出てきません。神社本庁が説明しているのは、故人の祭りに専念する忌と、哀悼の気持ちを表す服という2つの期間の考え方で、年始の挨拶や祝いの言葉については何も書かれていないところ。
広く語られている「喪中の人におめでとうは禁物」という話は、誰かが決めたものではなく、いつのまにか広まった作法です。守らなかったときの罰則もなければ、違反を判定する主体もいません。
喪中の方への言葉づかいを定めた資料は、探しても出てきません。
まずいことを言ってしまったのではないか、という前提を一度外して読み進めてください。
祝いの言葉を避ける話の出所は葬儀社のコラム
喪中に祝いの言葉を避けるという話をたどると、行き着くのは葬儀社や保険会社が運営するコラムです。祝いの言葉だから祝い事のない喪中には使わない、という説明が並びますが、理屈が一周して元に戻ってきます。宗教機関や公的機関がこの作法を示した文書は確認できていません。
数少ない例外が、産泰神社の公開しているブログの記述。喪中の初詣について書かれたページの中で、新年の挨拶に触れています。ところがそのページが挙げている出典は、神社本庁の服忌の説明と日本郵便の案内だけで、どちらも挨拶の作法については何も述べていないもの。引用の鎖が途中で切れています。
出所が商用のコラムだと分かれば、絶対に守らなければならない決まりではないと見当がつきます。相手を気づかう気持ちは持ちつつ、言葉の一つひとつを規則として扱うのはやめてみてください。
神社本庁は新年の挨拶に触れていない
神社本庁の服忌のページに、年賀状も正月の挨拶も出てきません。書かれているのは、忌の間は神社への参拝と神棚のおまつりを控えること、忌が明ければ再開しても差し支えないと考えられること。参拝と神棚の話であって、人と人の挨拶についての説明ではないわけです。
検索すると「神社本庁が喪中はおめでとうを言うなとしている」と読める要約が出てくることがあります。原文を当たると、そうした記述は見つかりません。よくある質問のページを見ても同じで、慶事を控えるようにという案内は置かれていないところ。
検索結果の要約が、神社本庁の見解として挨拶の作法を示していることがあります。原文に該当する記述は無いので、そのまま受け取らないでください。:::
孫引きの要約を根拠にすると、存在しない決まりに縛られます。相手の家の考え方に合わせて判断するほうが、あてになる規則を探すより早く片が付くでしょう。
## 「良いお年を」の扱い
年内に会う相手が喪中だと、別れぎわの一言に詰まります。ここでは、「良いお年を」を使ってよいという説明がどこまで確かなのか、言い換えるならどうするかを見ていきます。
### 「良いお年を」は祝いの言葉にあたらないとされる
「良いお年を」は喪中の方にも使ってよい、と説明されることが多くあります。挙げられている理由は、この言葉が新年を祝うものではなく、年末の別れぎわに相手の無事を願う挨拶だから、というもの。「良いお年をお迎えください」を縮めた形で、祝意を述べているわけではないと読めます。
ただし、この説明の出所は葬儀社のコラムだけです。宗教機関の公式ページに「良いお年を」を扱った記述は見当たらず、使ってよいと保証する一次の資料も出てきません。理屈そのものが葬儀社の説明であって、確かめようがないところ。
使ってはいけないと定めたものも、同じく存在しません。
気になるなら言い換える手もありますが、そのまま口にしてかまわないと考えてよいでしょう。
### 言い換えるなら「今年もお世話になりました」
相手の気持ちを思うと言いにくくなる場合は、別の言い方に置き換えられます。「今年もお世話になりました」「来年もよろしくお願いします」であれば、新年を祝う意味を含まずに年末の挨拶として成立するもの。喪中だと知っていることを示さずに済むので、こちらが気をつかったと気取られる心配もありません。
置き換えを並べると、次のようになります。
| 場面 | 気になる言葉 | 言い換え |
|—|—|—|
| 年末の別れぎわ | 良いお年を | 今年もお世話になりました |
| 年内最後の連絡 | よいお年をお迎えください | 来年もよろしくお願いします |
| 年始に顔を合わせたとき | 明けましておめでとうございます | 昨年はお世話になりました |
この表にある言い換えは、いずれも慣習として案内されているもので、規定に基づく正解ではありません。どちらを選んでも失礼にはあたらないので、口に出しやすいほうを選んでください。
## 「明けましておめでとう」と言ってしまったとき
年始の挨拶は反射で口から出るもので、相手が喪中だと思い出す前に言い終えていることがあります。ここでは、言ってしまった後にどうなるのか、訂正が要るのか、相手から返ってきた場合の受け止め方を説明します。
### 言ってしまっても咎める決まりはない
「明けましておめでとうございます」と言ってしまっても、それを違反と判定するものは存在しません。祝いの言葉を避けるという話自体、喪中の側が自分の挨拶をどうするかという作法として語られてきたもので、周りの人に向けた禁止ではないところ。かけてしまった側を咎めた宗教機関の記述は、探しても出てきません。
喪中の期間や範囲にも、法令の定めはありません。北海道神社庁は、喪中を忌明けの後に日常へ戻るための心のけじめと説明し、日数の定めはなく個人の心情に委ねられるとしています。
破る対象となる決まりが無い以上、破ったことにもなりません。
言ってしまったと気づいた瞬間の気まずさは残るでしょう。相手に実害が及ぶ話ではないので、その場を取り繕おうとする前に一度落ち着いてください。
### 訂正や言い直しはしなくてよい
口にした後で気づいても、言い直さずに済ませてかまいません。「すみません、喪中でしたね」と訂正すると、相手は自分の事情で場を止めたと感じます。亡くした家族の話を、年始の挨拶の場で持ち出されることにもなるところ。
訂正しないほうがよいという説明は、葬儀社や保険会社のコラムに載っています。これも一次の資料に裏づけられたものではなく、確かな根拠のある作法ではありません。ただし、言い直さないほうが場が収まるという見方には得心がいくでしょう。
謝るとしても、その場より後の連絡のほうが穏やかに伝わります。年始の挨拶はそのまま流して、相手の様子を見ながら普段の話に移してみてください。
### 相手から「おめでとう」と返ってきたらそのまま受ける
喪中の方が「おめでとうございます」と返してくることもあります。反射で答えただけとも、気にしていないだけとも受け取れるところ。どちらにしても、こちらが指摘する場面ではありません。
喪中の側の挨拶をどうするかは、その方と家族が決めることです。祝いの言葉を使わない慣習を知ったうえで、あえて普段どおりに通している家もあります。喪中だからそう言ってはいけない、と外から線を引く根拠はどこにも出てきません。
返ってきた言葉はそのまま受け取って、会話を続けてください。相手が自分から家族の話を切り出したときだけ、耳を傾ければ足ります。
## 年賀状と喪中はがきの行き違い
年賀状は投函してしまうと取り戻せず、喪中はがきはこちらの都合に合わせて届くものでもありません。ここでは、行き違いが起きたときの扱いと、返事をどうするかを見ていきます。
### 喪中はがきと年賀状の行き違いは起こる
喪中はがきが届く前に年賀状を出してしまう行き違いは、珍しくありません。喪中はがきは相手の家の事情で用意されるもので、こちらの投函の予定に合わせて届くわけではないところ。年内も押し詰まってから不幸があった家であれば、知らせが届くのはこちらが投函した後になります。
出してしまった年賀状を、後から取り戻す手立てはありません。喪中の方に年賀状を出してはいけない、と明文で示した公的な案内も出てこないもの。相手を傷つけたのではないかと思うより、知らせが届いていなかった以上どうしようもなかった、と受け止めてかまいません。
気になるなら、年が明けてから寒中見舞いという形で改めて挨拶を送る手があります。行き違いを詫びる一言を添えれば、それで済む話です。
### 喪中はがきに返事を出す義務はない
喪中はがきが届いても、返事を出さなければならないわけではありません。喪中はがきは年賀の挨拶を控えることを知らせるもので、返信を求める書面ではないところ。受け取ったら年賀状を出さずにおく、それだけで用は足ります。
返事の要不要について、公的な案内は確認できていません。全日本冠婚葬祭互助協会の案内にも、喪中や年賀欠礼の項目そのものが置かれていないもの。作法として決まっているかのように書かれたページは多くあるものの、決めた主体が見当たらない点は他の論点と変わりません。
知らせを受けたことだけ伝えたい相手なら、返事を出す形もあります。付き合いの深さで決めてよいので、義務として身構えるのはやめておきましょう。
### 返事を出すなら寒中見舞いという形がある
返事を出すと決めたなら、年賀状ではなく寒中見舞いを使う慣習が広く案内されています。年賀の挨拶を控えている相手に年賀状を送ると、知らせを読んでいないと受け取られかねないためです。年が明けてから届く挨拶状として、寒中見舞いが選ばれてきました。
この慣習にも、公式な定めはありません。出す時期も書き方も受け継がれてきた作法であって、規定として示された資料は確認できないところ。実際の時期や文例は[喪中の寒中見舞い](/mochu-kanchu-mimai/)の記事で確かめてください。
寒中見舞いに書くのは、喪中の知らせを受け取った旨と、相手を気づかう言葉で足ります。故人に触れるかどうかは、相手との関係を見て決めましょう。
## 喪中の人への声のかけ方
してはいけないことが決まっていないと分かっても、では何と言えばよいのかという問いは残ります。ここでは、実際の声のかけ方と、集まりに誘うかどうか、黙っているという選び方まで見ていきます。
### 触れずに普段どおり話しかけてよい
喪中だと知っていても、その話に触れずに話しかけてかまいません。年末年始の会話で家族の不幸を持ち出すと、相手はその場で気持ちを立て直すことになります。こちらが気をつかっていると伝われば、相手は逆に気をつかい返すもの。
避ける対象は、祝う意味を持つ言葉に限られます。「お元気でしたか」「寒くなりましたね」といった普段の会話は、相手が喪中でも何ら変わりません。全部を沈んだ調子に切り替えると、かえって相手が話しづらくなるでしょう。
年始に顔を合わせたら「昨年はお世話になりました。本年もよろしくお願いします」で切り出せます。喪中の側が使う挨拶と同じ形なので、相手もそのまま返しやすいところ。喪中の方がどう挨拶するかは[喪中の新年の挨拶](/mochu-shinnen-aisatsu/)の記事にまとめているので、この2文を口に慣らしておいてください。
### 喪中の重さは人によって違う
同じ喪中でも、どこまで控えるかは人によって開きがあります。喪中とする親族の範囲に決まりはなく、二親等までという説明も葬儀社が目安として案内しているだけで、決めた主体はどこにもいないところ。同居していた祖父母を亡くした方と、遠方の親族を亡くした方では、受け止め方がまるで違います。
相手が喪中はがきを出したからといって、正月の行事を全部やめているとは限りません。北海道神社庁は、喪中を日常へ戻るための心のけじめとし、日数の定めはなく個人の心情に委ねられると説明しています。どこまで控えるかは、その方が決めること。
こちらの側で「喪中の人はこうだろう」と決めてかかるのはやめておきましょう。相手の言葉や様子から読み取るほうが、目安の親等表より確かです。
### 年始の集まりに誘うかどうかは相手に決めてもらう
新年会や親族の集まりに誘ってよいかどうかは、相手に決めてもらう形が収まります。誘うこと自体を禁じた案内は出てこず、断る理由が相手の側にあるだけだからです。声をかけずにおくと、外されたと受け取られることもあります。
忌の間にあたる相手であれば、断る判断をする見込みが高くなります。福島県神社庁は、忌の期間中は結婚式や祝賀会などへの出席、行楽の旅行を控え、祝い事を予定していた場合は忌明け以降に延期すると案内しています。神社本庁の考え方では、特に慣例がない場合、五十日祭までが忌の期間。年末に不幸があった家なら、年明けはまだその中に入ります。
誘ったうえで、来られなくても構わないと一言添えてください。断りやすい形で声をかけるのが、相手にとっては最も楽な形になります。
### 声をかけないという選び方もある
年始の挨拶そのものを送らない、という選び方も残っています。喪中はがきが届いたなら、年賀状を出さずにおくだけで挨拶を控えたことになり、それ以上の連絡は要りません。何か言わなければと焦って言葉を探すより、そっとしておくほうが相手の負担にならない場合もあるでしょう。
声をかけないことを失礼だとする根拠も、やはり出てきません。喪中の作法として案内されているものは、どれも喪中の側が何をするかという話で、周りの人に行動を求めるものではないところ。
付き合いの深さで決めてかまいません。年賀状のやりとりだけの相手なら黙って控え、日ごろ顔を合わせる相手なら普段どおりに声をかける。この線引きで迷う場面はほとんど無くなります。
## まとめ
喪中の方への接し方には、周りの人が守るべき決まりが定められていません。祝いの言葉を避けるという慣習は喪中の側の作法として語られてきたもので、神社本庁の服忌のページにも年賀状や正月の挨拶は出てきません。「良いお年を」を使ってよいという説明も葬儀社のコラムだけが出所で、使ってはいけないと定めたものは同じく存在しないところ。「明けましておめでとう」と言ってしまっても、それを違反と判定する主体はいないので、訂正せずそのまま流してかまいません。年賀状を出してしまった行き違いも、知らせが届いていない以上どうしようもなかった話で、気になるなら寒中見舞いで挨拶を送れば足ります。決まりを探すのはここまでにして、相手の様子を見ながら普段どおりに声をかけてみてください。
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