喪中の正月飾り・鏡餅|門口の飾りは控えて家の中は家族で決める

正月の過ごし方

身内を亡くした年の暮れは、正月飾りを出してよいのか迷う方が多いでしょう。門松やしめ飾りはやめるとして、鏡餅はどうなのか。調べても書いてあることがばらけて、かえって決めかねます。

この領域は、確かな根拠のある部分がごくわずかしかありません。神社庁の公式ページで確かめられるのは、門口の正月飾りを1年控えるという一点だけ。飾りの一つひとつの意味や、鏡餅を供えてよいかどうかまで踏み込んだ公式の資料は見当たらないのが実際のところです。

ここでは、その線引きをはっきりさせながら、門松やしめ飾り、鏡餅の扱いを順に見ていきます。すでに買ってしまった方、飾ってしまった方に向けた対処も後半に置きました。何が分かっていて何が分かっていないのかを踏まえたうえで、家の判断を決めていってください。

喪中の正月飾りの判断

正月飾りをどうするかは、行事をひと括りにしても決まりません。ここでは、門口の飾りを控えるとされる根拠と、お神札との扱いの違い、飾らない理由の出所を説明します。

門口の正月飾りは1年控えるとされる

門松やしめ飾りといった門口の正月飾りは、喪中の1年間は控えるとされています。北海道神社庁は、外に対しては1年間は喪家である訳だから、年賀状と同じく門口の正月飾りは遠慮する、と書いています。玄関先に出す飾りは近所から見えるもので、年賀状と並ぶ外向きの表示として扱われているところ。

ここで基準になっているのは、忌が明けたかどうかではなく、喪中の1年が終わったかどうかです。神社に関わることは命日から50日で線が引かれるのに対し、門口の飾りは1年。同じ正月の支度でありながら、控える長さが違っています。自分の家が喪中にあたる年なら、玄関の飾りは出さずに過ごすのが慣習に沿った形になります。

お神札は忌が明ければ受けられる

新しいお神札は、喪中であっても忌が明けていれば受けられます。北海道神社庁は、家が1年の間喪中であっても、五十日が過ぎれば神葬と仏葬にかかわらず新年の神札を受けられるとしています。門口の正月飾りを遠慮するとしているのは、同じページの、同じ正月の支度についての説明です。

お神札は50日で再開でき、門口の飾りは1年控える。忌と服という長さの違う2つの期間が、そのまま扱いの差になっています。

神社本庁は、故人の祭りに専念する期間を忌、故人への哀悼の気持ちを表す期間を服と呼び分け、特に慣例がない場合は五十日祭までが忌、一年祭までが服だとしています。正月の支度を全部ひとまとめにして1年控えると考える前に、まず命日から50日を数えてみてください。神社に関わる支度と、外に見せる飾りとでは、答えが分かれます。

飾らない理由を示した公式の資料はない

正月飾りを控えるのは年神様を迎える祝い事だから。この説明が広く流布していますが、理屈を掲げた神社の公式ページや国の資料は見当たりません。出所をたどると、葬儀社や印刷会社のコラムに行き着きます。

門松は年神様の依り代だから飾らない、という説明も同じ扱いになります。神社本庁や国の機関で裏が取れている話ではなく、事典サイトや花屋のコラムで語られている内容。年神は歳徳神として陰陽道に由来するという見方もあり、神道の行事だと言い切れるかどうかも定まっていません。門口の飾りを控える慣習そのものは神社庁の説明で確かめられるので、理由づけまで納得しようとせず、慣習として受け止めておくとよいでしょう。

飾りの種類ごとの扱い

正月飾りといっても、玄関の外に出すものと家の中に供えるものがあります。ここでは、門松としめ飾り、鏡餅、神棚のしめ縄を、それぞれの置き場所から見ていきます。

門松は玄関の外に出す飾りにあたる

門松は、家の門口に立てる飾りです。北海道神社庁が遠慮するとしている門口の正月飾りに、そのまま当てはまります。喪中の家なら、玄関前に立てずに済ませるのが慣習に沿った形。

近ごろは大きな門松を立てる家自体が減り、ミニ門松を玄関ドアの脇に置く程度で済ませる家も増えました。手のひらに載る小ぶりな品でも、外から見える場所に出す点は変わりません。門松と呼ぶかどうかや大きさではなく、玄関の外に出すかどうかで見ると迷いが減ります。なお、会社や店舗の入り口に立てる門松は、個人の家の喪中とは別の話になるので、勤め先の慣例に従ってください。

しめ飾りは玄関に掛ければ外から見える

しめ飾りは、玄関ドアや門扉に掛ける飾りです。掛ければ通りから見えるため、門口の正月飾りと同じ扱いになります。喪中の年は掛けずに過ごす家が多いところ。輪飾りやリースの形をした品でも、玄関の外側に出す点では同じです。

玄関に掛けるしめ飾りと、神棚に張るしめ縄は、名前が似ていて混ざりやすい飾りになります。玄関のしめ飾りは外向きの飾りで、神棚のしめ縄は家の中のおまつりに使うもの。同じ「しめ」の字が付いていても、控える理由も期間も別に考える必要があります。門口の飾りは喪中の1年、神棚は忌が明けるまでという具合に、区切りがそもそも違うためです。玄関に掛ける分だけを取りやめ、神棚は神棚の扱いに合わせると、判断が絡まりません。

鏡餅は家の中に供えるもの

鏡餅は、床の間や台所、玄関の内側などに供える飾りです。外から見せるために出すものではないため、門口の正月飾りとは条件が違います。北海道神社庁が遠慮するとしているのは門口の飾りで、家の中の供え物にまで触れた記述はありません。

とはいえ、家の中なら供えてよいと書いた公式の資料もないところ。外に対しては1年間は喪家である、という説明を裏返しても、外から見えない場所は同じ理屈では説明が付かない、というところまでしか読み取れません。玄関の内側に置く場合は、扉を開けたときに外から見えるかどうかを確かめてから、置き場所を決めてください。

神棚のしめ縄は忌の間だけ外して封じる

神棚のしめ縄を張り替えるかどうかは、忌が明けているかどうかで変わります。忌の間は神棚の面前に白半紙を貼るか屏風を立てて、おまつりを一時的に取りやめる神棚封じが案内されています。封じている間は、しめ縄の新調も正月の供え物も見合わせる形。

白半紙は忌が明けたら外してよく、その後は日々のおまつりを元どおりに戻せます。神棚のしめ縄やお神札を新しくするのも、この忌明けの後。喪中の1年間ずっと封じたままにする必要はありません。玄関の飾りを控えることばかり気にして、家の神棚をそのままにしている家もあります。外に出す飾りと家の中の神棚では区切りが違うので、命日から50日目を数えて、いつ元に戻せるのかを確かめておきましょう。

鏡餅を供えるかどうかの決め方

鏡餅は、控えるとも供えてよいとも書かれた公式の資料が見当たらない飾りです。ここでは、どこまでが分かっている話なのかと、家で線を引くときの考え方を説明します。

鏡餅の扱いを示した一次の資料はない

鏡餅を供えてよいかどうかは、確かな答えが公開されていません。神社庁や神社の公式ページが触れているのは門口の正月飾りまでで、鏡餅を名指しした案内は見当たらないのが実際のところ。控えるべきだと書く記事も、供えてよいと書く記事も、根拠として示せるのは書き手の解釈です。

鏡餅は年神様へのお供えだから控える、という説明もよく見かけます。この理屈も、神社の公式ページで確かめられる話ではありません。

鏡餅を控えるべきだと断定した公的な資料も、供えてよいと保証した資料も、どちらも見つかりません。

根拠のない領域だと分かったうえで、家の考え方で決めてよいでしょう。

外から見えるかどうかで家族と決める

決める主体がいない以上、頼りになるのは家族の判断です。北海道神社庁が示した理屈をそのまま当てはめるなら、境目は外に対して喪家として見えるかどうか。門口に出すものは慣習に合わせて控え、家の中だけで完結するものは家族の気持ちで決める、という分け方ができます。

鏡餅を供えたい理由が、亡くなった方が毎年供えていたからという家もあるでしょう。仏壇にお餅を供える家もあり、正月の支度と切り分けにくい場面。祝いの飾りとして床の間に置くのか、故人を偲ぶ供え物として置くのかで、家族の受け取り方も変わります。重箱の料理をどこまで用意するかも同じ考え方で決められるので、喪中のおせち・年越しそばの記事も参考にしてください。

飾りを買った・飾った後の対処

不幸があったのが12月なら、正月飾りをすでに買った後という家もあります。ここでは、買ってしまった飾り、飾ってしまった飾り、外した飾りの片づけ方を見ていきます。

買った飾りは翌年に回す

買ってしまった正月飾りは、無理に使わず翌年に回せます。門松やしめ飾りを控えるのは外から見えるところに出すためなので、しまっておく分には慣習と衝突しません。造花や樹脂の飾りなら、箱に戻して保管できます。

生の松や葉物を使った飾りは翌年まで持たないため、玄関に出さずに家の中で使う道もあります。門松として立てず、松の枝を花瓶に生けるだけなら外向きの飾りにはならないところ。代金がもったいないからと玄関に出すと、近所から見える形になってしまいます。買った品を使いたいなら、置き場所だけは分けて考えてください。

飾ってしまったら気付いた時点で外す

飾ってしまった後に喪中だと気付いたなら、その時点で外せば済みます。外した飾りをどう扱うべきかを定めた資料は無く、咎める規則もありません。数日出していたことを悔やむより、外して家の中に入れるほうが先です。

近所の目が気になる方もいるでしょう。実際のところ、隣家の玄関の飾りをいつ出したかまで覚えている人はほとんどいません。外してしまえば、そこから先は喪中の家として見える形に戻ります。飾りを外した後、年賀状の手配だけが残っているという状況もあり得るところ。北海道神社庁も、門口の飾りと年賀状を同じ外向きの表示として並べています。玄関の飾りを外すついでに、年賀状を取りやめる連絡が済んでいるかどうかも確かめておきましょう。

飾りの処分方法に決まった作法はない

外した飾りをどう処分するかにも、決まった作法は見つかりません。神社に納める、どんど焼きに出すといった方法が案内されることはあるものの、喪中の家がそうすべきだと書いた公式の資料は見当たらないところ。忌中であれば神社の境内に立ち入ること自体を控えるとされているため、納めに行けるかどうかは忌が明けているかで変わります。

翌年に使うつもりなら、そもそも処分せずに済みます。造花のしめ飾りやプラスチックの鏡餅の容器は、来年そのまま出せる品。生の松や餅だけを分けて片づければ、残りは箱にしまえます。処分する場合の出し方は自治体によって違うので、地域のごみ出しの案内で確かめてください。

正月飾りで迷いやすい場面

正月飾りの話は断定的な書き方の記事が多く、かえって迷いを生みます。ここでは、記事の読み方と、集合住宅の玄関ドア、宗派による考え方の違いを説明します。

マナー違反だと書かれた記事は根拠を確かめる

喪中に正月飾りを出すのはマナー違反だ、と書いた記事をよく見かけます。断定されると不安になるものの、その根拠にあたる規定は存在しません。忌中と喪中の期間を定めた法令は現在は無く、神社が示す日数も法律ではなく慣習です。

北海道神社庁も、明治7年まで国が定めていた服忌の規定があり、その後は民間習慣として受け継がれてきたと説明しています。門口の飾りを控える慣習は神社庁の説明で確かめられるものの、飾りの一つひとつをマナー違反として裁ける規則はどこにもないところ。正月の行事ごとに根拠の強さがどう違うかは、喪中の正月の過ごし方の記事にまとめています。不安を煽る記事に出会ったら、誰が何を根拠に言っているのかを確かめてみてください。

集合住宅の玄関ドアは外から見える場所にあたる

マンションやアパートの玄関ドアも、共用廊下から見える場所です。しめ飾りを掛ければ、通る人の目に入る点は一戸建ての門口と変わりません。北海道神社庁が言う外に対しての表示にあたると読むのが自然でしょう。

室内側のドアノブや下駄箱の上に置く分には、廊下からは見えません。来客を玄関に招く場面はあるものの、通りすがりの人に見せる形にはならないもの。同じ玄関でも、ドアの外側と内側で扱いが分かれると考えると判断が付きます。管理組合や自治会が共用部の飾り付けを取り決めている集合住宅もあり、そちらは喪中とは別の話。飾りを出したい気持ちがあるなら、外から見えない側へ場所を移してみてください。

宗派によって喪中の考え方が違う

浄土真宗の寺院では、喪中や忌中という考え方がないと説明されることが多くあります。真宗大谷派や本願寺派の寺院が、死を穢れとする見方は神道の影響であって仏教本来の教えではないと公開しているためです。東本願寺の公式ページも、死を穢れとする考えから清め塩を用いることを迷信だと書いています。

ただし喪中を名指しで否定した宗派の公式文書は見当たらず、正月飾りを出してよいと書いた浄土真宗の公式ページも確認できません。喪中の考え方がないと説明する寺院でも、相手に伝わらない可能性への配慮から年賀欠礼のはがきを勧めているところがあり、教義の上で不要であることと実際にどうするかは別の話。門徒の方で判断に迷うなら、菩提寺に直接尋ねてみてください。

まとめ

喪中の正月飾りで確かに言えるのは、門口に出す飾りを1年控えるという一点です。北海道神社庁は、五十日が過ぎれば新年のお神札を受けられるとしながら、外に対しては1年間は喪家であるため門口の正月飾りは遠慮するとしています。お神札は忌の50日、門口の飾りは服の1年。この非対称が、正月飾りの話で唯一きちんと裏の取れた手がかりになります。門松やしめ飾りは玄関の外に出すものなので、この慣習にそのまま当てはまります。鏡餅は家の中に供えるもので、控えるべきだと断定した資料も、供えてよいと保証した資料も見つかりません。飾らない理由としてよく語られる年神様の話も、神社の公式ページでは裏が取れないところ。門口に出すものは慣習に合わせて控え、家の中で完結するものは家族で話して決めてください。

あわせて読みたい関連記事

コメント

タイトルとURLをコピーしました