喪中の正月の集まり・帰省|控えるとされるのは忌の間の慶事だけ

正月の過ごし方

年末年始に実家へ帰ってよいのか、親族で集まってよいのか。喪中だからと迷う方は多いでしょう。調べてみても、差し支えないと書くページと控えるべきだと書くページに分かれていて、かえって決めかねます。

先に答えを書きます。喪中の帰省の是非を述べた宗教機関の資料は、探しても見当たりませんでした。神社本庁にも各地の神社庁にも、帰省という言葉そのものが出てきません。

代わりに確かめられるのは、忌の期間中は結婚式や祝賀会への出席を控えるという神社庁の説明です。区切りはここでも忌明け。何が確かめられる話で何が根拠の無い話なのかを分けながら、帰省と集まりの決め方を見ていきます。

喪中の帰省と集まりの判断

正月に実家へ帰るかどうかは、喪中というひと括りでは決まりません。ここでは、資料がどこまで確かめられるのか、判断の軸になる考え方、慶事の出席をめぐる説明を見ていきます。

帰省の是非を述べた宗教機関の資料は見当たらない

喪中に帰省してよいかどうかを述べた宗教機関の資料は、見当たりません。神社本庁の服忌のページにも、福島県や福岡県、北海道、宮城県、東京都の各神社庁にも、帰省という言葉が出てきません。神道青年全国協議会や個別の神社の案内も同じで、帰省の可否に触れた記述は確かめられませんでした。

帰省を控えるべきだと書いた記事の出どころをたどると、行き着くのは葬儀社や情報サイトのコラムばかり。宗教上の規定があるわけでも、公の見解が示されているわけでもありません。誰かが並べた禁止事項の一覧に、そのまま合わせる必要はないところ。帰省そのものを禁じた資料は存在しない、という前提から始めてください。

判断の軸は忌が明けたかどうか

帰省や集まりを決める軸になるのは、忌が明けたかどうかです。神社本庁は、故人の祭りに専念する期間を忌、故人への哀悼の気持ちを表す期間を服と呼び分けています。特に慣例がない場合、五十日祭までが忌、一年祭までが服。世間で喪中と呼ばれるのは、この服の期間のことです。

福島県神社庁は、この軸を正月そのものにまで広げて書いています。喪家が忌明けをしている場合には、お正月を迎えることも、お神札を受けることも年賀状を出すことも支障はないとのこと。忌明けをしていない場合は、正月を小正月または旧正月にすると案内されています。喪中の1年間ではなく、最初の50日をどう過ごすかが実際の分かれ目。まず自分の家が忌中にあたるかどうかを数えてみてください。

忌の間は慶事への出席を控えるとされる

忌の間に控えるとされているものに、慶事への出席が挙がっています。福島県神社庁は、忌の期間中について、結婚式や祝賀会、式典などへの出席と行楽の旅行を控えると書きました。祝い事を予定していた場合には忌明け以降に延期する、とも案内されているところ。

同じ向きの説明は、ほかの神社にもそろっています。大野湊神社は、忌中に結婚式やお祝い事への出席を控えるとし、忌中が過ぎれば通常どおりとしました。太平山三吉神社も、忌中は神事や結婚式、公の行事への出席と派手な行いを控えると書いています。神道青年全国協議会の説明でも、忌中は神社への参拝や祭りごとへの参加、お祝い事を遠慮するとされました。区切りはここでも忌明けで、喪中の1年間ずっと出席できないという話ではありません。年末年始に集まりの誘いを受けたら、その日が忌中に入るかどうかを先に確かめましょう。

実家への帰省の決め方

帰省そのものに定めが無い以上、確かめられる説明から自分で判断することになります。ここでは、行楽の旅行の扱いと、忌が明けた後の正月、忌中に帰る場合の注意点を見ていきます。

行楽の旅行は忌の間だけ控えるとされる

福島県神社庁が控えるものとして挙げているものに、行楽の旅行があります。忌の期間中は、結婚式や祝賀会、式典などへの出席とともに、行楽の旅行を控えると書かれていました。ここで控えるとされているのは忌の間で、喪中の1年間ではありません。

残るのは、実家への帰省が行楽の旅行にあたるかどうかという問い。福島県神社庁はそこまで書いておらず、線を引く材料は示されていません。親の家に顔を出して仏壇や祭壇に手を合わせるだけの帰省と、正月休みを使った観光を兼ねた旅行では、性格が違うでしょう。忌中に帰るなら、遊びの予定を足さずに家で過ごす形にすれば、控えるとされる行楽からは外れます。自分の帰省がどちらに近いかを、予定表を見ながら考えてみてください。

忌が明けていれば正月を迎えることに支障はないとされる

忌が明けていれば、正月を迎えることに支障はないとされています。福島県神社庁は、喪家が忌明けをしている場合について、お正月を迎えることもお神札を受けることも年賀状を出すことも支障はないと書きました。神社庁が正月そのものを名指しで挙げている記述は珍しく、帰省先で正月を迎える判断にも効いてきます。

忌明けをしていない場合の案内も出ています。福島県神社庁は、正月を小正月または旧正月にするとし、年賀状の代わりに寒中見舞いを出すのも一つの方法だと添えました。三が日に集まらず、忌が明けてから顔を合わせるという選び方も残っているところ。11月より前に不幸があった家なら、年内に忌が明けている計算になります。命日から50日目の日付を出して、正月がその前か後かを確かめてください。

忌中の帰省なら神社へ行く予定だけ外す

忌中に帰省するなら、外しておく予定は神社への参拝です。神社本庁は、忌の期間は神社への参拝と神棚のおまつりを控えるとしています。帰省先で親族に初詣へ誘われる場面は起こりやすく、ここだけは公の見解として控えるとされている側にあたります。

帰省そのものと神社参拝では、資料の強さがまるで違うところ。帰省に触れた宗教機関の記述は見当たらず、神社参拝は神社本庁が控えると明記しました。50日を過ぎれば原則として参拝を再開しても差し支えないと考えられる、という見解も示されています。忌中に帰るなら、家族には忌明けの日付を先に伝えて、初詣の輪から外れる形にしておくとよいでしょう。正月の行事をどこまで控えるかは、喪中の正月の過ごし方の記事で確かめてください。

新年会や忘年会への参加

年末年始の宴席をどうするかは、資料をたどるほど答えが1つに定まりません。ここでは、神社庁どうしで説明が割れている実態と、欠席を伝えるときの伝え方を見ていきます。

新年会や宴会の扱いは神社庁どうしで割れている

新年会や宴会に出てよいかどうかは、神社庁どうしで説明が割れています。福岡県神社庁は、喪中をお祝い事や宴会に参加するなどの派手な行動を控える期間だと書きました。忌中ではなく喪中という言葉を使っているため、控える期間は1年という読み方になります。

これに対して、忌明けで解除する側の説明もあります。福島県神社庁と大野湊神社、太平山三吉神社は、控えるものを忌の期間として書いていて、忌が過ぎれば通常どおりとしました。同じ神道の側でありながら、期間の取り方が50日と1年で食い違っている形。

説明の立場 控えるとされる期間 出どころ
忌明けで解除する側 忌の間(最長50日) 福島県神社庁・大野湊神社・太平山三吉神社
喪中まで控える側 1年 福岡県神社庁
注意

喪中の宴席については、宗教機関の説明そのものが割れています。どちらか片方を決まりとして扱うことはできません。:::
喪中でも新年会に出てよいという言い切りも、喪中に宴会はだめだという言い切りも、どちらも根拠が足りません。出るか出ないかは、家の考えと故人との関係で決めてかまわないところ。判断を人任せにせず、自分の家の線を先に決めてみてください。
### 欠席を伝えるなら忌明けの日付を添える
忌中を理由に欠席するなら、伝え方でつまずかないようにします。喪中だから出られないと言えば、相手は1年間の話だと受け取るでしょう。忌の期間中は控えるという説明があること、その期間が命日から50日であることを添えれば、話が通りやすくなります。
日付を出すのが、いちばん誤解の少ないやり方です。1月末までは忌中にあたるので次の機会に伺います、と書けば、相手は次に誘ってよい時期まで分かります。宴席を1回断るのに、宗教上の決まりを持ち出す必要はありません。理由をこしらえず、忌が明ける日付だけを伝えてみてください。
## 親族が集まる場での扱い
親族が集まる場は、祝いの席なのか故人を偲ぶ場なのかで受け取り方が変わります。ここでは、神社が示している提案と、挨拶や食事の決め方、子どもをめぐる資料の有無を見ていきます。
### 故人を偲ぶ集まりとして開く提案がある
親族の集まりについては、位置づけを変えるという提案が出ています。産泰神社は、祝いの席は避けるものの、故人を偲ぶ集まりは差し支えないという区別を示しました。集まること自体をやめるのではなく、その場の意味を祝いから偲ぶ方へ置き換えるという考え方です。
ただし、この区別を書いているのは産泰神社のブログ1本だけ。ほかの神社庁や神社の公式ページに同じ記述は見当たらず、広く共有された作法とは言えないところ。ある神社がそう提案している、という受け取り方までにとどめてください。提案として紹介されているだけで、守るべき決まりとして示されたものではありません。 名目を偲ぶ会に変えるだけで気が済むなら、その形を採ってみるのも一つの手です。
### 新年の挨拶は集まる前に家族で決めておく
親族が顔をそろえる場では、新年の挨拶をどうするかが先に問題になります。「明けましておめでとう」を言わないという説明は広く流布しているものの、出どころは個別の神社のブログと葬儀社のコラムだけ。神社本庁の服忌のページには、正月の挨拶についての記述がありません。
決まりが無い以上、家ごとに決めてかまわない部分です。祝いの言葉を使わず「今年もよろしくお願いします」で通す家もあれば、いつもどおりに挨拶を交わす家もあるでしょう。当日その場で戸惑わないよう、集まる前に誰かが一言決めておくと落ち着きます。挨拶の言い回しや、言われた側の返し方は、[喪中の新年の挨拶](/mochu-shinnen-aisatsu/)の記事にまとめました。
### 食事や飾りは正月の支度としてまとめて決める
集まる家では、食事や飾りをどうするかも一緒に決まります。おせちの祝い肴を避けるという一覧が広まっていますが、出どころはおせちの通販サイトや百貨店、葬儀社のコラムばかり。宗教機関がこの食材を避けるよう示した資料は見当たりません。
門口の正月飾りだけは、扱いが違うところ。北海道神社庁は、外に対して1年間は喪家であるため、年賀状と同じく門口の正月飾りは遠慮するとしています。家の中の食事には根拠が見当たらず、外から見える飾りには神社庁の説明がある形。同じ正月の支度でも重みが違います。集まりの献立と飾りをどう決めるかは、[喪中の正月の過ごし方](/mochu-shogatsu-sugoshikata/)の記事を参考にしてください。
### お年玉や子どもの扱いを示した資料は見当たらない
お年玉を渡してよいかどうかを述べた資料は、見当たりません。神社本庁にも各地の神社庁にも、お年玉という言葉が出てきません。子どもや孫が集まる場を控えるよう述べた宗教機関の記述も、同じく確かめられませんでした。
根拠が無い項目なので、家の考えで決めてかまわない部分です。祝いの言葉が入ったポチ袋を避け、無地の袋に入れてお小遣いとして渡す家もあります。呼び名を変えれば気が済むならそれでよく、いつもどおり渡す家があってもかまわないでしょう。お年玉の作法を示した宗教機関の資料は、現時点で確かめられません。 子どもに説明が要るなら、決まりではなく家の気持ちの話として伝えてみてください。
## 集まりを決める手順
決まりが無いと分かった後に残るのは、では何から決めるのかという問いです。ここでは、忌明けの確かめ方と、席の性格の見分け方、家族での決め方を順に見ていきます。
### 命日から50日を数えて忌明けを確かめる
最初に出すのは、忌が明ける日付です。命日を1日目として50日を数え、その日をカレンダーに書き入れてください。この日付が正月より前なら、忌が明けた後の正月として過ごすことになり、福島県神社庁が支障はないと書いた側に入ります。
忌の日数は、亡くなった方との続柄でも変わるものです。父母や配偶者を50日、祖父母を30日とする点は多くの神社で一致しているものの、子や兄弟姉妹の日数は神社によって割れているのが実際のところ。続柄が父母や配偶者から離れるほど、忌が明ける日は早まります。参拝したい神社の案内も見たうえで、1つ目の日付を確定させましょう。
### 集まりが祝いの席にあたるかを主催者に確かめる
次に確かめるのは、その集まりが祝いの席にあたるかどうかです。忌の間に控えるとされているのは、結婚式や祝賀会、式典への出席。同じ集まりでも、祝いを目的にした席と、親族が顔を合わせるだけの席では性格が違います。
誘われた側から見ると、席の性格は案外分からないもの。新年会という名前でも、実際は近況を話すだけの食事ということもあります。招く側にとっては当たり前の前提でも、誘われた側には伝わっていない部分。主催者に何の集まりかを尋ねれば、出席するかどうかの判断がしやすくなるでしょう。忌中で迷っているなら、その場で答えを出さず、席の性格を確かめてから返事をしてみてください。
### 根拠の無い作法は家族の考えで決める
最後に残るのは、資料に行き着かない部分です。帰省、お年玉、子どもの集まり、家の中の食事。どれも宗教機関が扱っていない領域で、誰かが決めた作法があるわけではありません。守らなくても咎められる話ではないところ。
とはいえ、控えたい気持ちがあるならそれに従ってかまいません。神社本庁は、服を故人への哀悼の気持ちを表す期間だと説明しています。気持ちの側から決めてよいものなので、禁止事項として押しつけられて我慢するのか、自分で決めて控えるのかで、同じ行動でも意味が変わります。親族と食い違いそうな部分だけ、年内のうちに一言話しておきましょう。
## まとめ
喪中に帰省してよいかどうかを述べた宗教機関の資料は、見当たりません。神社本庁にも各地の神社庁にも、帰省という言葉そのものが出てこないためです。確かめられるのは、忌の期間中は結婚式や祝賀会、式典などへの出席と行楽の旅行を控えるという福島県神社庁の説明で、区切りはここでも忌明けです。忌が明けていれば、お正月を迎えることも年賀状を出すことも支障はないとされ、忌明けをしていない場合は正月を小正月または旧正月にすると案内されています。新年会や宴会にいたっては、忌明けで解除する側と喪中の1年間まで控える側とで、神社庁どうしの説明が割れました。故人を偲ぶ集まりとして開くという区別も、示しているのは産泰神社のブログ1本だけで、規範として断定できるものではありません。お年玉や子どもの集まりを扱った資料は、そもそも見当たりませんでした。まず命日から50日を数えて忌明けの日付を確かめ、祝いの席にあたるかどうかを主催者に尋ね、残りは家族が納得できる線で決めてください。
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